「呼ばれたわたし」が悪いのかい


ある晩のこと、わたしはNさんと話をしていた。

(Nさんはわたしの元上司。たまに会ってお話をするのだ)

馴染みの場所で座りながら、最近あったあれこれやを話す楽しい時間だった、はずなのだけど

途中、日大アメフト部の話の流れから

日本語の「主体の曖昧さ」のことを話すうち、

いつのまにか

TOKIO山口氏の話題になってしまっていた。



「あの会見だってさ」

Nさんは言った。

「あんなふうに囲まれてさ」

「そりゃ言うよ、{できるなら戻りたい}くらい」


「それに、あの女の子だって悪いんじゃない 」



きたきたきたきたキター!

これだよ。

わかってたよ、Nさんが多分そう言うだろうってこと。

だからこそ、この話題は避けたかった。

だってわたし、

Nさんが「二次加害」に荷担するのを、見たくなかったんだもの。

Nさんが被害者非難を口にするのをを、

聞きたくなかったんだもの。


だってさ その言葉って、この「わたし」にも降りかかる言葉だからさ。

わたし聞きたくなかったよ。



わたしは Nさんがその言葉を発したその瞬間に思い起こした「ある出来事」のこと

どうしてもこれまで話せなかった。


だから、ここに書いておこうと思う。

読んでくれるだれかのために。

そしていつかのわたしのために。


あの
山口氏の性暴行事件は

「アイドル」が「女子高生」にセクシャル・ハラスメント(性加害)した事件、ということで、センセーショナルに取り上げられた。
 
あの時期、多くの人たちが訳知り顔でああだこうだと口々に噂した。

あの子は云々、彼はカンヌン、アル中で家庭不和でどーたらこーたら。


でもさ、違うんだよ。
本当に重要なことは両者の「属性」じゃない。

両者の「日常生活態度」も「容姿」も、本来まったくどうだっていい。

ほんとうに重要なことは、

加害者(山口氏)と被害者(未成年女子)の『関係性』じゃないですか、とわたしは心の中で毎日思っていた。

考えるべきポイントは、

◎加害者は、被害者にとって「仕事上関わりのある目上の人物」だった。

◎両者は「対等関係」ではなく、そこには明確な(目には見えない)権威勾配が存在していた(はず)。

◎そして日本社会において「女は男を立てるべき」という前提が存在し、

◎「目上の人間の要望を無下に断るのはNG」でという暗黙の了解が存在している上に、

◎彼らがいたのは「芸能界」というのは体育会系の縦社会なわけだから

◎被害者には、選択肢がほぼなかっただろう、とわたしはおもう。

だから、その少ない選択肢のなかから「友人をひとりつれていく」「母親と連絡つくようにしておく」という対策をたてて実行した、この未成年被害者は賢明な人だとわたしは思った。

彼女は称賛されこそすれ、非難をうけるいわれはない。

っていうか彼女を非難するやつ、「美人局」とかいってるやつらみんなまじでバカ。
宇宙の塵になって大気圏で燃えつきてしまえと、心から思う。


大事なことは
山口氏が被害女性におこなったことは「セクハラであり、パワハラであった。」ということ。
彼ら個人の境遇、性質、属性に関わらず
このケースについては
加害者が山口氏が100% 悪い。
それは一ミリも変わらない、確かなことだと
わたしは思う。


わたしはこのことを、できるだけ丁寧に(やさしい言葉で)Nさんに話した。
(わかってくれたかは、わからない)
けれど、

その考えに至った「わたし自身の経験」については

ついに話すことができなかった。



ねえNさん。

わたしはね「あのころ」

彼女のような対策をとることすら、できなかったんですよ。






数年前、わたしが当時働いていた飲食店は

料理長とわたしの二人だけで店をまわしていた。

わたしは真剣だった。

そこをじぶんの最後の修行先にしようと心に決めていた。

料理長の仕事はすばらしく、料理は美味しかった。

この人のような料理を作りたい、ただその一心で、がんばって働いた。


その頃、料理長の奥さんは事情があって遠いところにすんでいたから、

わたしと料理長は朝から晩まで「ふたりきり」だったのだけれど、

そんなの関係ないだろうと、思っていた。

だってわたしはかなり「男っぽい」ほうだし「自他ともに認める色気のなさ」だし、どうもならないだろうと、そう思ってた。


でも、
その考えは、甘かった。

その料理長は、仕事ができることで有名だったが

同時に「女好き」としても大変有名な人だった。

あるときから料理長は

わたしに「性的な接触」を求めるようになった。



帰り際に握手をするくらいなら、気にしなかった。

ハグされる、のは正直いやだったが、我慢できないわけではなかった。

もしかして海外のノリなのかな?と自分に言い聞かせて、なんでもないようなフリをした。


しかしある日から、直接的な キスを求めてくるようになった。

そしてそれ以上も、求めようとした。

それらのことはいつしか日常化していって


わたしは




死にたくなった。

(正直いって、書きながらいまも死にたいと思ってる。思い出すたびにいつだって死にたくなるんだ。)


だから
年上の男性の部屋に呼ばれた「彼女」の事件のことを知った時、

わたしが思いだしたのは「あのころ」の気持ちだ。

だって、

密閉された空間に、そんな男性とふたりきりで過ごすときの不安さ、怖さ。
それをわたしは知ってる。

要求はどんどんエスカレートしていくこと、わたしはよく知ってる。

断れば仕事がしづらくなること、よく知ってる。

そして、「その場に来い」と言われれば大抵断れない、ということも。


多分わたしは、「彼女」の気持ちが想像できるから、あの事件を知って苦しかったんだと思う。

あの事件を「彼女のせい」みたいに話す人に会うたびに、辛くて、息苦しくって、悔しかった。




わたしは、彼女は、なにかいけないことをしたのだろうか?

わたしは、彼女は、仕事をしていただけ。

わたしは、彼女は、仕事を続けていたかっただけだ。

そのために、「ノーという選択をとれなかった」。

それだけじゃないか。


それが、なのだろうか。

Nさんのセリフが脳内を反響する。

「仕事のために、(肉体)をつかったんでしょ」?

ちがう。ちがいます。ちがうんだよ。

いいですか。

セクハラ要求に応えることは「プラス」をもとめてこちら側が主体的に行うことじゃ、ありません。

断ることで「マイナス」が発生することを恐れ、応えさせられるんですよ。

応えることでなにかが「プラス」になるんじゃなく、
ただ単に「仕事を継続できる状態」(つまり「ゼロ」)で いられるだけ なんです。

「プラス」じゃない。

ただ「搾取」されるだけのこと。



行為の主体は、常に加害者側なわけだから

こちら側にはなんのウマミも利益もないわけです。

ゼロです。

いや、ゼロってのも違う、完全な「マイナス」ですよね。

マイナスもマイナス。

必ずしも目に見えるような傷ではないかもしれないけれど、

確実なマイナスです。

だって

少なくともわたしが

それらの経験によって得たものは

現在に至る精神的な苦痛と

人間への不信感だけなんですから、ね。




なにが「枕営業」

なにが「お互いさま」だよ。

寝言は死んでからいってくれよ、なあ。




 
「ああいうこと」に関して

わたしが、彼女が「悪い」という人たちは

つまり

「わたしが調理師として働いていたこと」

「彼女が芸能界で働いていたこと」

突き詰めれば

「そこにいたこと」自体が原因であると

そういってるの。

もちろんそれは本人の意図とは違うかもしれないけど、結果としてそういうメッセージになってしまっていることをまず、わかってほしい。



これ、もしかすると飛躍した理論に聞こえるのかな。

でもね、ホントなんですよ。

いつもいつでも、この話のたびに

「おもえがいたから悪いんだ」といわれているような気持ちになって、

そのたび、わたしは死にたくなるんです。


だってさ、

どこまで話をしても、

なにをしても
なにをしなくても

わたしや、彼女が責められて

その行為の「主体の責任」はどんどん薄められていくわけですよ。

この話もそうだし、

ニュースやラジオで、「MeTooとか騒いで まるで魔女狩りじゃないですか」とかいってんのもそう。

「どっちもどっち」「スキがあった」「非はあるだろう」とか話してるのを聞いてると

じゃあ自分はどうするべきだったんだろうと

思ってしまうんですよ。

ねえ、

わたしは「彼女は」

どうすればよかったというの。



わたしは、

いまでもあの頃のことを夢にみます。

そしてそのたびうなされて、涙を流します。

もしも、あれがさらにエスカレートしていたら...

押さえつけられ無理矢理に奪われたとしたら...
 

そういう夢をね、いまだに見るんです。


強い力にねじ伏せられた夢の中のわたしはいつだって

現実と同じように

力なく絶望してあの部屋にいるんです。



そう、あの彼女も

あのときトイレに逃げ込まなければどうなっていたのか。

今だって

「あったかもしれない最悪」を思い、夢にうなされているんではないか。

もしかしたらいまも、一人で苦しんでいるんじゃないか。

そんなことを、ふと瞬間に思って、胸が苦しくなります。






もしもわたしが「あのころのわたし」に

なにか声を掛けるとしたら、

「呼ばれたあなたは、なにも悪くないよ」と伝えたい。

そして同じような目にあったことのあるすべての人に伝えたい。


呼ばれたあなたは、悪くない」と。

その人は最低のクソ野郎だ」と伝えたい。


なぜならば
わたしも、他のだれも、「望まない形でなにかを奪われるべきではないから」。



もしもこの文章を読んでる人の中に、

幸運にも、これまで「性的被害を経験したことがない」人がいたら、

どうか慎重であってほしい。

特に「セクハラ・性犯罪」の話題にときには、やりすぎくらいの慎重さでちょうどいい。

なんの気ない言葉で、フラッシュバックを起こす人がいるかもしれないと、心の隅に置いておいてほしい。




セクハラ・性暴力は、やった側が100%悪い
被害者は、ぜったいに責められるべきではない
加害者はクソ野郎


わたしは、あの日Nさんに話せなかったけど、そのかわりにここで書いてみました。

ながくて、人によってはしんどい話になってしまってごめんなさい。

読んでくださってありがとうございました。

solakofiでした。


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