第2次ショック「火垂るの墓」 (自分向け)

「火垂るの墓」は野坂昭如の同名小説を原作としたアニメーション。公開は1988年、スタジオジブリ制作。

あらすじちょろっと。
主人公はふたりの兄妹、清太とその妹節子。空襲で母を亡くし、親戚の家に身を寄せるが、叔母との関係がうまくいかず、親戚から離れることになる。兄弟ふたりで暮らし始めるが、食糧もない孤立した環境のなかで、妹は徐々に衰弱していき、ついにはそのまま死んでしまう。(兄もそのあと同じように死んでいく)

あまりに悲しい話だ。しかし同時にこれが「ありふれた話」だったことをストーリーの導入シーンが示している。駅構内で動かなくなった清太を駅員がみつけて、「ああ死んでるなあ」って一瞥しただけでスタスタ行っちゃう、そんなシーンだ。これがふつうの光景だったんだなって、(現代の)観客はぼんやりと理解する。多くの少年が飢え、多くの少女が倒れ、それでも死ななかった人だけが生き残る、そんな時代だったのだ。

わたしがはじめてこのアニメを観たとき、わたしは中学生だった。自分と同じ年頃の主人公の過酷な状況に胸を締め付けられる気持ちがし、いじわるな叔母さんが憎たらしくてしょうがなかった。
次にこのアニメを観たのは、昨年の大晦日。わたしは成人をすこし過ぎていた。
びっくりした。
わたしの感じ方は、1度目と同じではなかった。
それに気がついたのは母との会話だった。
叔母さんと不仲になって、家を出る主人公をみてわたしは思った。「おいおい清太、働けよ。仲良くしろよ、愛想よくしとけよ。だって考えたらわかるじゃん、出てったらヤバイってわかるじゃん。」 そして隣で観ている母に同意を求めた。「働けばいいのにね」

日がな一日妹と遊んでる清太と、自分の家族のことを考えて働く叔母さん。
働かない清太よりも、その清太に苛ついてる叔母さんのほうが筋が通っているし、理解できると、素直にそう思った。

しかし、母は同意せず、「そうかな?」とわたしに問いかけた。それでわたしは気がついた。
自分がずいぶん変わってしまったことに、初めて明確に気づいた。

清太は、地域の仕事もせずにただただ妹と過ごす。(働くと妹の世話ができないから、と話している)それは戦時下において「ありえない」ことだ。
「だれもが」同じ状況で、「働いて」過ごしていたんだから、働くのは当然の義務で「ふつう」の最低限ラインだった。

「ふつう」でないものは「死んでもしょうがない」。(だって、努力が足りないんだから。)(かわいそうとは思うけど、、)

わたしが抱いた率直な感想とはつまりソレであり、ソレはいわゆる「世間」の考えとイコールだった。
「死に物狂いでどうにか生き延びた人」を称賛する一方で、「死に物狂いになれなかった人」を無視する。いつのまにかそんな考え方をしている自分が、ショックだった。

映画が終わったあと。母は、自分の母親の話をしてくれた。(母の母、つまりわたしの祖母にあたる)彼女は戦前、沖縄の華族か地主か、とにかく裕福な家の娘だった。しかし戦争が終わったあと、彼女は多くのものを失っていた。親兄弟、財産、最終的にはそれまでの名字も。 彼女は無気力になった。彼女のその姿を、周りの人間は少なからず批判したらしい。「動けよ」。つまり、「みんな大変でもがんばってるのに、どうして動かないんだ」と。

作品のなかで、清太は母親を空襲で亡くす。美しかった母が、ミイラのようにぐるぐるまきにされ他のたくさんの遺体と一緒に焼かれる。 彼の目には何が映っていただろう。荷物のように放り投げられる母親の姿は彼の目にどう見えていただろう。

数字の上で見れば、「同じように」母を失くした少年は幾千幾万といたはずだし、みんながみんな清太のように死んだわけではない。彼が死んでしまったのは結局「がんばれなかった」からだろう。 頭が悪かったのでも、虚弱だったのでもない。ただ「彼にはできなかった」だけ。彼以外の人間が「がんばれなかったこと」を非難するなんてナンセンスだし、とても薄っぺらだ。(わたしだ。)



 


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